教える、教わる

教える、教わる。
日本では教えてくれる人=先生というと何か敬うべき存在として扱われているような
そんな気がします。しかし、ここ米国は違います。
まず「先生」なんて呼び方はしません。
「Hey, ⚪︎⚪︎(名前)!」という感じ。もちろん丁寧語、尊敬語なんて存在しませんので。
また期末試験の際に生徒は先生に対しての評価表を書くというのは普通です。
これは余談になりますが、、、
さて、まず今日伝えたいことの1つ目、
教えることも教わることも同じであるということです。
教えながら学ぶのか、教わりながら学ぶのかに過ぎないのです。
どちらも「学ぶ」という意味においては同じです。そして学び方が違うだけです。
ですから教わるばかりではなく、いずれ教える立場にならなければ、、、、
なんて無理に思う必要はありません。
そして2つめ、教える立場に立った場合に、誤解しがちなこと、
伝える、説明するだけで教えたと思ってしまっているという事です。
相手が「出来る」ようになって「教えた」ということになるのではないでしょうか??
ですから教える立場は様々なタイプが存在するということを受け入れ、
そしてその様々なタイプが「出来る」ようになる教え方を色々と研究する必要があります。
自分自身が出来た方法を話すだけでは出来るようにはなりません。
その方法でたまたま自分が出来たに過ぎないからです。
経験、熱意は勿論、様々なタイプの目線でわかりやすく教えるためには
数々の比喩も必要です。そして教える際のツールとなるボキャブラリーも必要です。
自分のような先生から自分は教わりたいと思うかどうか??自分の目で見つめて下さい。
何度も言います。
神の目、人の目よりも、自分の目です。
人の目を重視し「教える」という事を無理に選択しないことです。
合わせてもう1つ。
「教える」「伝える」は違います。
自分自身が「伝えたいこと」と相手が受け止めることが違ってもいいのです。
良くも悪くもなく、双方の「学び」(気づき)です。
しつこいようですが、人の目を重視し「伝える」という事も無理に選択しないことです。
人の目を重視し「自分自身を取り繕う」ことも選択しないことです。。。
All My Relations,
YUKO